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晴れの国岡山から旅まちめぐり

岡山に移住した三重県人によるブログ。岡山や旅の魅力を発信。ときどき読書記録。

いのちと向き合うこと。一歩踏み出す勇気。西加奈子『ふる』

西加奈子さんの小説『ふる』を読みました。

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表紙の絵は西さん自身が描いたもの。
二匹の猫はおそらく、物語の中で主人公が飼っているベンツとジャグジー。
「家にベンツとジャグジーが。」
そう言うのが楽しい、と盛り上がって付けられた名前。西さんらしいユーモアを感じます。

 

物語の主人公は池井戸花しす(かしす)、28歳の女性。相変わらずの個性的な名前。
彼女の職業は映像(成人向け)のモザイク掛け。そして日常の会話をこっそり録音するという、ちょっと変わった趣味があります。


あらすじを見ただけで、人によっては読むのをためらうかもしれません。西さんはこの作品を通して、「いのち」のことを書きたかった、と言います。


そのために書きたかった二つのもの。
一つは、白くてふわふわしたもの。一人一人に寄り添っているものなのだけど、それは花しすにしか見えない。
もう一つは、女性の陰部。花しすの職業は、それと向き合わざるを得ないもの。

この作品を書こうと思った経緯が、インタビューの中で語られています。

何か白くてふわふわしたものをみんながそれぞれ持っていて、それは人によってカバンに見えたり、サーフボードに見えたりするんだけど、それが人を貫いてつなげているような感じ。すごくぼんやりしていて、本当に「こんな感じ」というものでしかなくて、これは書くのは難しいなと思っていました。 

  

すごく変な形じゃないですか。私たちが持っているものなのに自分が一番見られないし、すごく不思議な存在だなと思っていたんです。でもそれを書くのもまた難しい。そういう2つの「書きたいけど、どうしていいかわからない」ものが私の中にあったんです。 

〈西加奈子さんインタビュー〉祝福がふりそそぐ物語『ふる』文庫版発売 | ほんのひきだしより

 

書くのが難しいと思っていたものを、手探りで書いたというだけあって、一度読んだだけでは掴みづらい。現在と過去を何度も行ったり来たりして話が進み、「新田人生」という名前の男性が、繰り返し形を変えて出てきます。タクシーの運転手だったり、小さな子どもだったり、同僚や医者だったり。

そして、西さんが作家であり画家でもあるということを、改めて意識させられる作品でした。例えば、次のような一節があります。


  ん   ん
    し

 

こんな風に、空から降ってくるように、書いてある


まさに言葉が「ふる」ように並んでいて、ひらがなの短い単語が他にもいくつか同じように出てきます。読んでいて絵画的だな、と思う場面です。

 

花しすは、録音した同僚たちとの会話を家で聞きながら、このように考えます。

自分は次々と、新しい「今」に身を浸している。それは避けられない。過去の「今」を忘れてしまうのは、だから当然とも言える。でも花しすは、そのことに、わずかでも抗いたいような気持ちだった。自分が確かにいた過去の「今」を、少しでもこの「今」に、閉じ込めておきたかった。


ここから感じたのは、花しすは何かに執着しているのではないかということ。読み進めていくうちに、生きている実感がほしくて、それを自分が存在する「今」を確かめることで得ようとしているのかな、となんとなく思いました。

 

「いのち」と陰部とは密接にかかわっていて、女性の身体に対する具体的な描写も何度か出てきます。以前読んだ『ふくわらい』もそうでしたが、西さんはなぜそこまで生々しく書くのだろうと、少し理解しかねる部分もあります。


ただ、生と性は切り離せないものだし、「生々しさ」という言葉のなかに「生」の字が既に含まれているように、気持ち悪いものや思わず目を背けたくなるものと対峙してこそ、人は「生きている」と感じるのかもしれません。

 

自分には生きている実感がほしい、と思った経験はないので、どんなときに生きていると実感できるのだろう?と考えてみました。それもなかなか思いつきませんでしたが、ふと中国に留学していたときのことを思い出しました。

 

私が留学していたのは今から15年程前のこと。市場に行くと捌いたばかりの新鮮な肉が売られていました。おそらく店の奥で捌いているのだろうな、という雰囲気。お店の人は肉の塊を必要な分だけ切って、ビニール袋に手で無造作に入れて渡してきます。また、レストランに行くと、これから捌くのであろうニワトリが檻の中に入れられていたりします。


そこで思ったのは、怖いとか残酷とかいうことではなくて、そうか、生きるってこういうことなのか、と自然と腑に落ちました。食べ物に感謝するというのは、「いのち」に感謝するということ。

当たり前のことだけど、それまで実感としてわかっていませんでした。そしてそれが日常の光景であるということに、中国の人の圧倒的な生きるエネルギーを感じました。

 

決して読みやすいとは言えないですが、「いのち」と向き合うことのできる物語であり、今まで目を背けていたことに、一歩踏み出す勇気を与えられるような力強さを持った作品だと思います。

 

ふる (河出文庫)

ふる (河出文庫)