タイトルと猫の絵に惹かれて手に取ったこの本、『幾千の夜、昨日の月』は角田光代さんの夜にまつわるエッセイです。
旅が好きな人には猫好きが多い。私の周りだけかもしれないけど、そんな気がします。
角田さんも例にもれず、旅好きかつ猫好きの一人。飼い猫トトとの日常をブログでも書かれています。
『幾千の夜、昨日の月』は、大部分が旅と結びついた夜の話。
実際に猫は出てこないのですが、旅と猫というのは相性がよく、猫好きな人ならきっと読んで損をしないはず。
なぜなら、猫の持つ何かに縛られない気ままさは、旅の孤独と自由に通じるものがあるから。
予定をいっぱいに詰め込んだ旅よりも、行き先だけ決めてあとは成り行きに任せるような、時間に縛られない旅を好む人の方が、より共感を得られるかもしれません。
角田さんの綴る、いくつもの夜の世界。異国で過ごした夜、合宿の夜、病院の夜や引っ越しの夜。
中でも好きなのは、モンゴルのウランバートルを起点に、田舎のゲルに滞在したときのことを書いた『まるごと夜』。
夜は黒ではなくて灰色だった。灰色のなか、ただ大地が広がっている。
地球にただひとり置いて行かれたみたいだと思った。不思議とさみしくはなかった。
夜、というものが、単なる時間の経過ではなくて、生きもののように感じられた。
モンゴルに行ったことはないけど、中国留学中に内モンゴル自治区を旅したことがあります。角田さんと同じように観光用のゲルに泊まり、何もない広大な草原で馬に乗って、地平線から昇る朝日を眺めたりもしました。
そしてさらに思い出すのは、黄河の上流の町、蘭州やそこから車で数時間かけて行った臨夏や夏河という田舎の町。パクチーと唐辛子がたっぷり入った手打ちの蘭州ラーメンの味。
忘れていた遠い旅の記憶を呼び起こしてくれる、「大地」という言葉。海に囲まれた小さな日本では、なかなか「大地」という言葉がしっくりくる場所には出会えません。
列車の窓から見た果てしなく広がる黄土高原の大地。
「大地」と聞いて思い浮かぶのはそんな光景。どこも学生時代じゃなきゃ行けないようなところで、再び訪れることはないのかもしれません。
たとえまた行けたとしても、あの頃と同じようにはきっともう感じられない。懐かしいというよりは、二度と戻ることのない時間なのだという事実にはっとさせられ、少し寂しくもなりました。
旅は人生に彩りを与え、感性を豊かにしてくれるもの。
思い出すその時々で違った様相を見せてくれます。この本を読んでいると、旅の魅力を再確認することができます。そして、ふらっと海外に行きたくなります。
文庫版では大好きな西加奈子さんが解説を書いていて、それを読むのもまた楽しみの一つ。プライベートでも親交のある西さん曰く、角田さんは「みんなのおばあちゃんみたいだし、小さな女の子みたい」だそうです。
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